
2006年夏、歩き遍路の旅に出ました。歩き遍路を計画中の皆さん、是非参考にしてください。 下記ボタンをクリックすると個別の日記がご覧になれます。
今日はお遍路の本当の意味での最終日。
高野山への旅路だ。
朝、眠い目をこすり、4:30に起床。
宿を5:00に出発。
6:10徳島港行きのフェリーに乗るためだ。
朝早いため、徳島港へのバスが動いていない。
市内から、港まで歩く事にした。
約3kmの道のりだ。
まだ歩きは終わっていなかった。
まだ、外は暗かった。
歩いているうちに、徐々に明るくなり日の出を迎える。
なんとか、5:50に到着し、船に乗り込むことが出来た。
時間ギリギリでヒヤヒヤした。
ついに、この修行の島、四国を離れる時が来た。
寂しさと達成感が半々の気持ちだった。
船の中で仮眠を取り、8:00過ぎに和歌山港に到着。
南海電車に乗り込み、高野山へ!
着いたのは、11:00を過ぎていた。
意外と遠いねぇ。
山のふもとの「極楽橋」駅から、ケーブルカーに乗り換え。
そのとき、背の高い外国人を発見。旅行者かな?
ケーブルカーで「高野山」駅に行き、バスに乗り換え。
そのバスの中に、先ほどの外国人が乗車していたので、英語で
話し掛けてみる事に。
英語力が落ちていないかを確かめたかった。
普通に考えれば落ちているに決まってるけど。
基本情報を聞くのは手馴れたもの。
彼の名は、トーマス。
ドイツ人で、旅行代理店で働いており、
仕事(取材?)で高野山を訪れたということだ。
ここまでは良かったのだが、自分が何故高野山に来たのか、
お遍路とは何ぞや、ということを説明するのに一苦労。
ボキャブラリーの無さ、応用力の無さが露呈する。
もっと勉強しなきゃね。
さて、「奥の院前」に到着し、バスを降りた僕達はそこで別れた。
奥の院の入り口には、記念撮影ポイントがあり、
あるグループがまさに写真を撮影しようとしていた。
その写真のシャッターを押すという大役を任された。
快く承諾し、自分の写真のシャッターも押してもらうことをお願いする。
ついでにそのグループの方々と一緒に写真をとる。
これも何かの縁。
後日、メールで写真を送る事を約束。
大阪でカフェをやられているとのことで、機会があれば寄りたいなぁ・・・。
さて、奥の院へ。
参道は、高い杉の木に囲まれていて、とても静か。
樹齢500年という木もあるらしい。
気持ちがイイというよりも、その雰囲気に鳥肌が立つ。
さすが、世界遺産に登録されただけのことはある。
その参道には両側に無数の墓石が立ち並んでいる。
見てみると有名な企業ばかりだ。
奥の院の手前にある「御廟橋」。
この橋までお大師様が迎えてくださると言われている。
この先は飲食、撮影禁止だ。
一礼し、橋を渡る。
奥の院の本堂を目の前にしたとき、その存在感というか、何というか
言葉に出来ないが、とにかく圧倒された。
鳥肌どころではなく、全身をなにかオーラのようなものに包まれた感じ。
心臓の鼓動が早くなる。
一種の興奮状態なのかな。
これは今までにない感覚だ。
結願した瞬間や、霊山寺にお礼参りしたときでさえこの感覚はない。
燈籠堂と、そこから左回りに回った御堂の裏にある御廟、
そして燈籠堂の地下の3ヶ所でお参りをする。
入念にお経を読む。
とうとうこれが最後なんだ。
その後、納経所に行き、納経してもらう。
これで納経帳のすべてのページにお経が入った事になる。
ドラゴンボールを全部集めた時みたいに、
神龍が現れたら最高なのになぁ、と妄想する。
奥の院からはの帰りは、行きと別の道を通る。
木漏れ日の差し込む木立の両側には、武田信玄、上杉謙信など
そうそうたる戦国大名や江戸時代の諸大名の墓碑が立ち並んでいた。
ただし納骨はされていない。
その道中、ある男性と出会い、立ち話をする。
蚊が大量に飛んでいたので、長話が出来なかったが、
お互いブログを書いているとの事で、
そこにコメントを書くことで連絡を取り合うことにした。
次は、高野山真言宗の総本山:金剛峯寺へ向かう。
ここはお礼参りというより見物かな。
拝観料500円を払い、中へ。
・・・・、あまり語るべき事なし。
窓口で高野山のお守りが売っていたので、
妻や家族の分を大量に買い込む。
それを選んでいる時、外国人の団体さんが拝観に訪れた。
また無謀にも話し掛ける。
なんとか意味は通じ、会話が出来た。
しかし、僕のお遍路での苦労話とか、濃い話はできなかった。
でもチャレンジすることに意義があるハズです!
金剛峯寺を出た後、「もう帰ろうかなぁ」という気持ちになってきた。
お寺が多すぎて、どこに行ったらいいかわかんないよ。
朝が早かったので眠いし。
最後に、「壇上伽藍(だんじょうがらん)」に行って終わりにしよう。
ここは、高野山開山当初、
修行をする場所として建立された金堂や高野山のシンボルである、
根本大塔が建っている。
一回り見たが、感動もなかった。
気持ちの持ち方にも問題があったが。
そして帰路につく。
この高野山は異国に来た感じだね。
およそ、4km四方の地域には、高野山大学があり、高野山高校があり、
警察、消防署、郵便局など全てが揃っている。
まさに独立した一つの国のようだ。
この山から下りなくとも、十分生きていけそうな雰囲気。
そんな中で毎日お坊さんは毎日修行をしているのだろうか。
高野山駅までバスを使わず、歩いていこうと思い歩いていると
なんと「歩行者通行禁止」になっていた。
バス専用道路らしい。
困ったなと思い、女人堂のおじさんに聞くと、
ケーブルカーのふもとの「極楽橋」駅まで歩いて下りていく山道があるらしい。
まだ歩きは続くのかぁ・・・。
仕方なく、その山道を歩きでおりる。
意外と気持ちよかった。
そして「極楽橋」駅に着き、電車で実家へ。
僕は戻ってきた。
そして両親や、兄妹との再会。
会話をする中で、多少だが自分の考え方やものの見方が変わっているのが
自分でもわかる。
しかし、それは何も意識せずにお遍路の前と同じ生活をしたら
消えてしまうほど小さく弱弱しいものだ。
それを大事にし、育てていきたいと感じるのだった。
お参り:高野山奥の院、金剛峯寺、壇上伽藍
なかなか、気が抜けてしまって毎日ブログを更新できずにいました。
まとめて書いてしまおう。
僕は、9/15(金)の夜に実家の大阪に帰ってきました。
その日の夜、家族が全員実家に集まってくれました。
スゴク嬉しい。
お遍路話もさることながら、今後の僕の動向に話題が向けられた。
だが、帰ってきたばかりでまだ何も決めることが出来ない。
お遍路で何も見つからなかったわけじゃない。
それが整理できていないだけなのだ。
落ち着いたら明確に見えてくると思う。
それまで見守ってくれと、話題を終わらせた。
翌9/16(土)。
さすがに疲れていたのか、朝は10時に起きる。
昨日2:00まで激論したのだから無理はない。
当然ながら今日は歩かなくても良い。
世の中は今日から3連休。
昼から父とゴルフの打ちっぱなしに行く。
これも親孝行?
兄も加わり、指導してもらう。
8年ぶりにクラブを握る。
昔はボールに当てるのも危うかった。
今日はうまく、飛ばすことが出来た。
初めてゴルフが楽しいと感じた。
指導がいいせいもあるが、僕の精神統一がうまくできたのが
最大の要因ではないかと思う。多分。
これもお遍路の成果だ。
明日、先祖のお墓参りに行こうと決意。
ついでに叔父の命日が近かったので、京都にお参りに行くことに。
そうだ、じゃあ東寺も一緒に行ってしまおう。
東寺は、真言宗のお寺で「お礼参り」に行こうと思っていたのだ。
翌9/17(日)。
朝7:30に実家を車で出発。
母と2人で出かける。
まず、西本願寺に車を止め、バスで大谷本廟へ。
叔父がまつられているのだ。
お参りするも改修中で中には入れずじまい。
たった10分でお参り終了。
味気ないね。
またバスで西本願寺へ戻り、母と共に歩きで東寺へ。
拝観料500円を払い、中に入ったがどうもお参りする場所は
この有料エリアではないことに気づく。
あぁ〜、無駄金払ったなぁ〜、と思いつつ、
気持ちを切り替え見物する。
そして大師堂へ行き、お参り。
ついでに納経もしてしまった。
あまり、納経に価値を感じなくなっているのに・・・、何故・・・。
その後、母と別れ、僕は一人で滋賀県の先祖のお墓参りに行く。
到着し、お墓を洗ったり、花を取り替えたりしていると
蚊の集団に強襲される。
やつらは死をもいとわない。
神風特攻隊のように、僕の肌を目掛けて襲ってくる。
おかげでゆっくりできなかった。
お遍路の報告とお礼、これからのことをお願いした。
もっと心穏やかに、お参りしたかったが。
その夜は、甥っ子2人の遊び相手。
子供の相手ってやっぱり大変。
翌9/18(月)。
今日は、埼玉へ帰る日だ。
いつまでも妻をほったらかしにしておくわけにはいかない。
今日は、一昨日のゴルフの感触を忘れないように、
父と早朝からゴルフの打ちっぱなしへ。
早朝6:30〜9:00までは、定額打ち放題なのだ。
結果的に、300球以上打ち込む。
手にマメが出来てしまった。
いつかコースへ回りたいものだ。
家に帰り、帰る準備。
昼頃、兄家族が訪ねてくる。
最寄り駅まで、兄と甥っ子に送ってもらう。
ありがとう。
そして京都から新幹線で一路、埼玉へ。
やっと帰ってきた。
なにか、本当の意味でスタート地点に戻ってきたという感じがした。
その夜、妻と家で食事をし、お遍路の話を語らうのでした。
写真は、このお遍路の旅を共にしたランニングシューズです。
品番はよくわかりませんが、
ナイキのAIRが入ってクッションがよかったので購入しました。
5,000円しなかったと思う。
写真を見ていただくとわかりますが、かなり磨り減っています。
最後のほうは山道で結構滑り、危ない思いをしました。
すでにあまりエアーのクッションは効きません。
1,200km以上の歩行をすると、靴ってこういう風になるんですね。
改めて歩いてきた道程の長さを噛み締めるのでした・・・・。
とりあえず、愛着があるので捨てないでおこうっと。
僕は基本的に野宿はせず、宿に泊まりお遍路を廻りきりました。
ですので、出発前に宿を予約してから、
そこに向かい歩くという形の旅となりました。
これからお遍路に行く方に、少しでも参考になればと思い、
宿の評価と共に、おさらいしていきたいと思います。
※評価は満点が5点。善根宿の評価はしておりません。
あくまで私の個人的意見です。
参考程度に活用してみてください。
宿でハズレを引くとテンションが下がりますが、
当たりを引くとすごく嬉しい気持ちになります。
しかしオレ、よく覚えてるなぁ〜。
僕が、お遍路39日目に運命の出会いをした「おへんろ休憩所」で
一枚の紙をもらいました。
まさにお遍路とはこの通りだと、そのときは感じ、
涙が出そうになったのを覚えています。
へんろみちは「心のふるさと」
それは、「利潤、能率、安全、快適、利便」といった現代人とは
全く逆の「非能率、不便、危険、苦痛、不足」をへんろみちで体験して、
「感謝、思いやり、我慢、信頼、尊敬」という、
人間にとって最も大切なものが呼び覚まされる。
雨の中の歩行、登りの長い道、次の宿までの長い距離、足の疲れ
、
マメの痛み、背負う荷物の重さ、ねむけ、トイレの我慢、孤独と苦労、
がまんの連続。
こうした困難、苦労にジッと耐えるから、結願の感動も大きく
思わず、大粒の涙があふれる。
四国の人々は、昔から遍路に親切で道を尋ねると
笑顔でていねいに答えてくれる。
人と人の出会いに合掌され、思わず感動する。
また、見知らぬ人から飲食物の「お接待」を受けるが、まったく
見返りを期待していない。
寒々とした現代、心あたたまる四国
そして、へんろみちの不思議な力を初めて知る
平成18年7月1日 へんろみち休憩所
涙が出そうになったのは、
ここに書かれていたことが真実だからでしょう。
お遍路を体験した人は、必ず同調すると思います。
すぐに「またお遍路に行きたい」とはまったく思いませんが、
年をとり、時間とお金に余裕が出来たらまた四国に行きたいです。
僕が、この旅に出る前に足りないと感じていた3つ。
「感謝の心、謙虚な気持ち、素直な心」
これは、少なくともお遍路によって呼び覚まされました。
それだけでも意味はあると私は思うのです。
今年2月に亡くなった前職での工場長、
田村さんへのお礼参りに昨日行ってきました。
昨日、約1ヶ月半ぶりに田村さんの仏壇の前に座った。
「田村さん、お遍路の旅で僕を守ってくれてありがとう」
とお礼の気持ちを述べました。
お寺でのお参りの際、自分の願いや家族の健康などを祈願した後、
僕は必ず「田村さんの魂が成仏しますように」とお願いして廻りました。
これで田村さんの何かお役に立てただろうか、
今まで受けた恩などを少しでもお返しできただろうか。
僕は、お遍路を廻ったからといっても、相変わらず無宗教だし、
僕のやった行為全てが、必ず田村さんのためになる、とも思っていない。
だけど、少しでも僕の気持ちが天国にいる田村さんに伝わればいいなぁ、
という気持ちでいっぱいである。
そして、僕は四国八十八ヶ所のお寺で納経をした、
納経帳を仏壇に供えました。
この納経帳は、非常にご利益があると言われていたからです。
お母さんは非常に喜んでくださいました。
親戚にも亡くなった方がいるとのことで、そちらにもお供えすると
おっしゃっていました。
僕はこの納経帳にあまり意味を感じなくなっていたし、
喜んでくださるところに納めるのがよいだろうと判断しました。
ついでに、お大師様の代わりである「金剛杖」もお供えしました。
この杖に結願の日付と名前、感謝の気持ちを書き込んでおきました。
話は変わるが、僕はお遍路に行く前に田村さんのご自宅に伺い、
遺品の時計を借りていきました。
僕が、田村さんの遺品を持って四国のお寺に廻ることで
供養になればと思ったからです。
昨日、僕はその時計を頂けないか、とお母さんにお願いしました。
お母さんは快く承諾してくださいました。
以前はこの時計を仏壇に供えようと思っていました。
ですが、今は亡き戦友のお守りとして身に着けることにより、
逆に僕を守って欲しいという気持ちが芽生えてきたのです。
この時計を大事にしたいと思います。
心なしか非常に心強いです。
僕は一人じゃなく、田村さんを含め、いろんな人に支えられ
社会の中で生きている。
この気持ちを忘れず、助けてもらうときはお言葉に甘え、
お返しできるときにその恩をお返ししていきたいと思う。
四国八十八ヵ所のお寺は、「真言宗」のお寺が多いようです。
僕のマンションの近くにもなんと真言宗のお寺がありました。
『真言宗智山派 光明寺』
前々からそこにお寺があることは知っていました。
先日前を通りがかったら、
お遍路で廻ったときと同じ真言宗のお寺であることを知り、
親近感が湧きました。
(智山派っていうのはよくわからないが・・・)
早速、お参りしお経を読みました。
僕は真言宗になる気はないし、無宗教で通そうと思っている。
でも、お遍路から通常の世界に戻ってきて、感じるのは
お遍路で得たものをいつか忘れてしまうのではないか、
ということ。
それを忘れないようにするために、
しばらくは毎日お参りしてお経を読みたいなぁと思います。
しかし、スゴイ縁というか、偶然。
いや、これは必然なのだろうか。
8月4日〜9月13日の41日間でお遍路の旅は幕を閉じました。
(高野山へ行ったのを含めると43日間)
最後に、費用のことについてまとめておきたいと思う。
結局、かかった費用は総額 『331,616円』
でした。
結構掛かったなぁ〜、と思う反面、抑えることも出来たのかな
とも考えています。
内訳は、以下の通りです
総額 331,616円
※装備内訳
僕は基本的に野宿をしない旅でした。
一般的に1日1万円という通説があるようですが、
節約すればそんなにかかりません。
計算すると、僕の場合は8,000円くらいでした。
しかも寄り道や、おみやげを実家に発送するなどして
それですから、もっとコストを抑えることもできそうです。
節約の方法としては、1泊2食のところを素泊まりにして
夕食を近くのスーパーで買っていくという方法があります。
上記の方法ですと、宿代が2,000円〜2,500円安くすることが出来ます。
風呂が入れて、布団があれば全く問題ないでしょう。
しかしながら、宿泊費が全体の57%を占めていますから、
ALL野宿をすれば、半分の費用で廻りきれるということですよね。
なかなかそうはいかないようですが。
(基本野宿のお遍路さんも、3日に一度は宿に泊まらざるをえないようです)
あとは、『納経代』、『お賽銭』もバカになりませんね。
納経は途中であまり意味を感じなくなりましたが、途中まで
納経していたため、コンプリートせざるを得なくなりました。
金額をまとめてみると、驚きなのが『ジュース、水』ですね。
夏場であったためか、15,827円もかかりました。
120円で割り返すと、一日3本以上ジュースを買っていることがわかります。
暑かったもんな〜。
『装備』については、僕は第一番札所:霊山寺の門前の店で購入しましたが、
いろいろな人に話を聞くと、そこが一番高いようです。
噂では、第十番札所:切幡寺のふもとにあるお店が一番安いとの事です。
これから行かれるという方は、
上記の装備の値段を目安にして購入してください。
以上。
9月23日にオンエアされた『出没!アド街ック天国』
http://www.tv-tokyo.co.jp/adomachi/060923/index.html
讃岐・高松編だったが、なかなかお遍路から帰ってきたばかりの
僕にとっては、面白かった。
「あぁ〜、そういう名所もあったのかぁ〜」と思うこともあり
「うんうん、そこは行ったよ♪」と思うこともあり・・・。
特に僕のブログでも紹介した「香川うどん巡り」の5ヵ所のうち
3ヶ所も番組で紹介されてた。
(八十八庵、わら家、うどん本陣山田家)
他の2ヶ所は高松ではなかったので、紹介されませんでした。
(おか泉、かなくま餅福田)
11位のるみあばあちゃんのうどん屋さんは、高松通過後に
お遍路仲間から知らされて知っていました。
今度香川にいったら、絶対行くぞ〜!
そして残念だったのが、僕が39日目に立ち寄った『おへんろ休憩所』。
この番組が取材に来たという情報をそこで聞いたのだが、実際その
休憩所とご主人が放映されたのは3秒くらいだった。
しかも、そのおへんろ休憩所がピックアップされたのではなく、
17位の「お接待」に、ひと括りされてしまっていた・・・。
テレビの編集って厳しいなぁ。
僕はついに9月15日にお遍路の旅を終えた。
この旅はまさに、このタイミングだからこそ、成しえたことだと思う。
健康、時間、お金、この3つがなければ、なしえなかった。
そして、本当にいろんなたくさんの人々の支えや、助けがあったからこそ
無事、僕は結願できたのだろうと思う。
この場を借りて、感謝の気持ちを述べたいと思います。
最初に、この旅を許し、逆に後押ししてくれた妻にありがとう。
僕を丈夫な体に産んでくれて、育ててくれた両親にありがとう。
ブログを見て、遠くから応援し、
励ましてくれた家族のみんなにありがとう。
現地で歩き疲れた僕に手を差し伸べ、 お接待してくださった四国のみなさんにありがとう。
温かい言葉をもらったり、心の支えになってくれた友人のみんなに
ありがとう。
共に励ましあい、同じ道を歩いたお遍路仲間にありがとう。
ありがたいお話を聞かせてくださったお寺のみなさんにありがとう。
同行二人としていつも見守ってくださったお大師様(空海)に
ありがとう。
天国から僕を守ってくれた田村さんにありがとう。
そして・・・・・
このブログを見てくださった皆さんに、本当にありがとうと言いたいです。
僕の人生の旅はまだまだ続きます。
この経験がムダではないと確信しています。
僕の中の不安を取り払い、自信を取り戻してくれました。
これから僕の人生に何が起きるのか、自分自身ワクワクしています。
ではみなさん本当にありがとうございました!
